東海道徒歩の旅 第5日目
知立宿〜鳴海宿〜宮宿

期日(時間) 2006年4月9日 (10:00〜16:00) 6時間
天候 晴れ
宿場間距離 知立宿〜鳴海宿〜宮宿 17.6km
歩数計(換算距離) 31432歩 (22.00km)


【鳴海宿】

 前回の旅の終点『豊明駅』から出発したのが、午前9時40分。 今日の予定は、宮の宿である。 

 歩き初めてすぐに『阿野の一里塚』に到着する。 南北両側ともに立派な塚が残されている数少ない一里塚で、国の指定を受けている。 
 残念ながら塚に立つ榎は後で植えられたものらしい。



 約1時間ほど歩いたところで『桶狭間合戦場跡』に出る。 
 地方の一小大名でしかなかった織田信長が数千の兵で、2万5千の今川義元軍を破った合戦である。 これで織田信長は一躍世間に名を轟かせることとなった。
 小さな公園と高徳院を観て回った後、休憩所で煙草を吸っていると、男性が声を掛けて来た。 桶狭間合戦場跡と言われている場所はもう1ヶ所あって、どうも近年ではそちらが本命視されているらしい。 その男性は今からそちらに行くとのことである。 彼は今回自転車で旅をしている。 東京在住の方で、東海道は何度か歩いて京都まで行っているとのことである。
 その男性と別れ、再び歩き始める。

 さらに進むと、江戸時代には『有松絞』で有名だった有松に入る。 
 有松の家並みは想像以上に古い街並みが残されており、絞の暖簾が掛かっている家も多く、歩いていて気持ちの良い街並みであった。
 有松は宿場町ではなかったが、絞が余りにも有名だった為に結構賑わっていた町だったようである。 これは尾張藩が絞の製造を制限したおかげであるらしい。



 有松の街並みから外れると『謙研橋の一里塚』があったらしいが、現在は跡さえも残っていない。
 鳴海の宿も史跡はほとんど残されていない。 唯一あったのが、『本陣跡』の立て札のみであった。

【宮宿】〜熱田神宮

 鳴海宿を抜けてしばらく歩くと『笠寺の一里塚』があった。 江戸から数えて88番目になる。 一里塚には根張り、枝ともに見事な榎が健在である。



 『笠寺』に入る。 笠寺は古いお寺で、江戸時代から相当賑わっていたようである。
 正式には『天林山笠覆寺』という真言宗のお寺さんだが、普通は『笠寺観音』の名で親しまれている。
 ちょうど桜が満開で、今日も観光客で賑わっていた。 小さな子供や若い男女も居たが・・・興味あるんだろうか? 



 笠寺の門前町で経営している喫茶店に入り、今日の少し遅いお昼にする。 コーヒーを2杯飲み、ミックスサンドイッチを食べる。

 笠寺を出ると、『宮の宿』まではあまり面白いモノが無い。 名古屋の街中になってしまうので、古いモノが残されているわけがない。
 
 宮の町はなんだか良く解らない内に終わってしまい、『宮の渡し』に到着した。 東海道でも最大の歓楽街だった面影は何も残されていなかった。
 宮の渡しでは桑名までの船渡しをやっているのかと調べたが、どうやら遊覧船は出ているが、団体客の予約専用で、しかも桑名までの渡しはやっていないようであった。

 


 『熱田神宮』を見学する。 さすがに由緒ある3大神宮の一つだけあって規模が大きい。 ここ熱田神宮には『草薙の剣』が御神体とし祀られている。 
日本武尊が賊に襲われて絶体絶命のピンチを救ってくれた剣である。
 また、桶狭間の戦いの前に織田信長が戦勝を祈願したことでも知られている。 



 ここで本日の旅を終了する。